トンコリ演奏法の系譜

サハリンから北海道へ

 早いうちに消滅した北海道のトンコリの演奏法については不明である。サハリンでは家庭内の楽器として戦前はかなり人気があったらしい。トンコリを聞いたことがある、というサハリン出身の方は多い。演奏にあわせて子どもに踊らせていた、という話をよくきく。男性奏者も女性奏者もいたが、演奏者に関する情報を比較すると女性奏者が多かったようである。誰でも弾けるわけではなく、やはり相当練習したらしい。

 戦後、北海道に移住したサハリン出身のアイヌ人は戦後かなり苦労を重ねてきた。「北海道開拓」はすでに事実上終了しており、「新規開拓」事業でも救われなかった人々は多い。さらに「引き揚げ者差別」「アイヌ民族差別」という二重の苦労があったことは、直接話を聞かない方にも想像できるであろう(疑いをもたれる方は、フランスにでも移住してみるとよい。)。そして彼らはいくつかの地域に分散してしまい、大きなコミュニティはあまりなかった。

 そんな中でトンコリ演奏が復活するのは、よほどの事情がなければありえないことである。だが、何人かの演奏者は製作者と連絡をとり、製作してもらっていた。そしてオホーツク海岸などで細々と演奏法が伝承されていくことになる。

現在の3系統

 現在流布している演奏法の系譜は東西海岸のものを合わせて3つある。2つは東海岸のものである。片方は演奏者から教わった和人を介して伝えられたもの。片方は同じ演奏者の録音から別の和人が再現したものである。最後の1つは西海岸の演奏者のものを、おそらくある和人が主として録音をもとに復元したものである(少し伝統奏法も知っていたかもしれない)。もちろんそれ以外にいくつか系譜が残っている可能性もあるが、ほとんど知られていない(連絡をとるのも困難である)。

 上記の3つの系譜はそれぞれ学習会を開催したり、教材を販売したりしている。それ以外に演奏を学びたければ、録音資料を「耳コピー」して独学で再現することになる。古音の忠実な復元を目指したければそのほうが納得がいくかもしれない。録音を残した演奏者は数人いるが、個人録音であったり、権利関係が複雑だったりで、聞くチャンスは滅多にない。情熱があれば、トンコリを入手し、限られた資料での独習、練習をきっちりやり、やる気を見せて情報を持った人間にアプローチして先を目指す、という方法が結局は早道である。現在、ある程度の実力を備えた演奏者は数人いるが、いずれも独学による復元に近い。

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