「飲む」「買う」

「〜を…する」(2)

γed ゲッド 「〜が買う」「〜を買う」のように語形が同じだが、前者では語頭子音交替をせず、後者ではするもの

実は、ezmud エズムド「〜が(何かを)好き」、smod「(誰かが)〜を好き」のような、はっきりとしたペアを持たない動詞がほとんどです。それらの動詞にはひとつの語形しかありません。

例えば、rad ラッド「飲む」には語形がひとつしかありません。

rad ラッド「〜が飲む」

rad ラッド「〜を飲む」

は同じ語形です。ではどのように区別されるのでしょうか。

rad ラッド を「〜が飲む」(自動詞)として使う場合は、語頭子音交替が起きません。常にrad ラッドという語形が用いられます。tad タッドにはなりません。

 例1  kysk rad 
   クスク ラッド 
   猫  が飲む 

 例2  ves rad 
   ヴェス ラッド 
   カラス  が飲む

ところが、rad ラッド を「〜を飲む」(他動詞)として使う場合は、語頭子音交替が起きるのです。語頭子音交替の規則については 第5課「連濁に似た現象」を参照してください。ものすごく簡略化していうと、「閉鎖音+摩擦音」あるいは「摩擦音+閉鎖音」になるように、後ろの子音が変化する、ということです。

 例3     arak rad 
      チョ インド 
      魚  が食べる 

 例4      c'aX tad 
       チョ インド 
       魚  が食べる 

つまり、

主語+動詞(語頭子音交替なし)

目的語+動詞(語頭子音交替あり)

ということです。これはこの言語の重要な特徴とされています。

あるいは

動詞に語頭子音交替があれば、名詞は主語(「〜が」)、

動詞に語頭子音交替がなければ、名詞は目的語(「〜を」)

と考えることもできます。

ですが、とうぜん区別がはっきりしない場合があります。例えば、γed ゲッド「買う」の場合、

「〜が買う」の意味で使ったら次のようになります。

 例5      kysk γed 
       クスク ゲッド 
       猫  が買う 

 例6      ves γed 
       ヴェス ゲッド 
       カラス が買う 

実際に猫やカラスが買い物をするかどうかは別として、寓話なんかではありでしょうから、この文章はありえます。

主語と動詞の間では、語頭子音交替はおきません。主語の語末子音が閉鎖音(この場合は「 k 」)だろうが、摩擦音(この場合は「 s 」だろうが、自動詞 γed ゲッド「〜が買う」の語頭子音は変化しません。

ところが、「〜を買う」の意味で使うと、次のようになります。

 例7      kysk γed
       クスク ゲッド 
       猫  を買う 

 例8      ves ged 
       ヴェス ゲッド 
       カラス  を買う 

猫やカラスをペットショップで買う、という可能性はありますよね。ですからこの文章もありえます。

kysk クスク 「猫」は閉鎖子音(この場合は「 k 」)で終わっているので、他動詞の語頭子音は摩擦子音(この場合は「 γ 」)のままです。しかし、ves ヴェス「カラス」は摩擦子音(この場合は「 s 」)で終わっているので、他動詞の語頭子音は閉鎖音(この場合は「 g 」)になります。

ところが、よく見ると、例5と例7は同じです。

 例5      kysk γed 
       クスク ゲッド 
       猫 が買う

 例7      kysk γed
       クスク ゲッド 
       猫  を買う 

kysk クスク「猫」は閉鎖子音(この場合は「 k 」)で終わっているので、γed ゲッド「〜を買う」の語頭子音は摩擦音(この場合は「 γ 」)になります。いわば同じ音に交替しているわけです。

それに対して、例6と例8は違います。

 例6      ves γed 
       ヴェス ゲッド 
       カラス が買う 

 例8      ves ged 
       ヴェス ゲッド 
       カラス  を買う 

ves ヴェス「カラス」は摩擦子音(この場合は「 s 」)で終わっているので、γed ゲッド「〜を買う」の語頭子音は閉鎖音(この場合は「 g 」)になります。

主語+動詞(語頭子音交替なし)

目的語+動詞(語頭子音交替あり)

というルールがはっきり分かります。